福井藩主・松平春嶽を支え、安政の大獄で処罰された幕末の思想家・橋本左内について、そのゆかりの地を挙げたいと思います。もっと橋本左内について知りたい方は、参考にしてください。
橋本左内は、幕末の思想家で、将軍継嗣問題で一橋慶喜擁立に尽力しましたが、安政の大獄で処罰された人物です。
橋本左内の人生を年表にすると、こんな感じ。
年 | 年齢 | 出来事 |
---|---|---|
1834年(天保5年) | 1歳 | 越前国常磐町で生誕 |
1849年(嘉永2年) | 16歳 | 大坂の適塾で学ぶ |
1852年(嘉永4年) | 19歳 | 父の死去で帰藩し、藩医となる |
1854年(嘉永7年) | 21歳 | 江戸に遊学 |
1855年(安政2年) | 22歳 | 福井藩主・松平春嶽の側近となる |
1857年(安政3年) | 24歳 | 将軍継嗣問題で、藩主を補佐し、一橋慶喜擁立運動を展開する |
1858年(安政5年) | 25歳 | 安政の大獄で捕えれる |
1859年(安政6年) | 26歳 | 伝馬町牢屋敷で斬首 |
この橋本左内ゆかりの地について、紹介します。
橋本左内のゆかりの地めぐりの参考になればと思います。
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